はりね。のサックス日記

竜の歌声に恋をした【僕が大人になってからサックスを始めた理由】第二章

「竜の歌声に恋をした」第一章を見ていない方は、

竜の歌声に恋をした【僕が大人になってからサックスを始めた理由」から呼んでみて下さい。

 

ショーケースに並ぶサックスは、金色の竜のようだった。

今までの人生で楽器らしい楽器を買ったことが無い。

 

高校生の時に、空手部と兼用で軽音楽部に所属していたことがあったが、

 

ボーカルで1年間だけ引き抜かれただけで、楽譜も読めないし、ギターも弾けなかった。

小さい頃にピアノでもやっていれば違ったんだろうが、音楽について何一つ分からない状態であった。

 

私が恋い焦がれていた音の正体がサックスだと分かり、すぐに楽器店へと向かった。

 

楽器店に着くと、ショーケースの中に金色の竜が並んでいた。

 

まともに楽器店へ入ったことが無かったが、ピカピカに輝くサックスが並んでいる姿は

 

美術館にいるように感じた。

整列する八岐大蛇の様だった。

 

社会人になったとはいえ、楽器が高価なものには変わりなく、

 

どのサックスを買おうかと悩む予知も無かった。

 

新入部員にお勧めと書かれた10万円のサックス(ヤマハ)以外は30万円を超えるサックスしか並んでいなかった。

 

50万円を超えるモノも並んでいるのを見ると、やはり金持ちのやることかなんて思ってしまった。

 

このときの私は、がっかりした顔と憧れを抱く顔の二面を表していただろう。

 

すると、楽器店の店員さんが話しかけてきてくれた。

「サックスをお選びですか?」

 

若い女性店員さんだ。

楽器店で働いているということは、きっと、音大を出ているんだという偏見が当時の私にはあった。

 

「買うつもりで来たんですけど、やっぱり高いんですね、楽器にしては普通の値段かもしれませんが、私には手が届きそうにありません」

 

「サックスはやられたことがありませんか?」

 

「はい、楽器も触ったことがほとんどありません」

 

「大人になってから楽器を始める方は、小さい頃から楽器をやっている方と音楽との向き合い方が違うんですよ」

 

私は、やっぱり、大人になってから楽器をやるなんて生半可な気持ちで楽器はしてはいけないモノだと思った。

 

でも、違った。

 

「大人になってからやる音楽は、楽しむという一点だけに集中できるんです。将来におびえる必要なんて有りませんから、ただただ楽器を楽しめるんです。だからこそ、途中でやめる人は少ないんです」

 

この言葉を聞いて、強ばった心が解かれた気がした。

 

生半可な気持ちでやるのは、音楽をやっている人たちに失礼だと思っていたが、違うんだと気づいた。

 

「一番安くて、この13万円のサックスですが、はじめは何かと完璧な管理なんてできませんから、30万円、50万円のサックスを買う必要はありません。一番安いサックスで十分、というより、その方が良いと思います。」

 

「わかりました、この13万円のサックスをお願いします。」

 

購入後は、組み立て方や吹き終わった後の管理の仕方など説明してくれ、

 

私の手に、金色に輝いているサックスが乗った。

 

そして、私は金色の竜と暮らすことになった。

初めて音を出す。震える振動は命の様

帰路に就く。

 

サックスのケースはリュック式のモノを頂けたため、地下鉄に乗る私のファッションは、人生で初めての楽器を背負っている歩行者。

 

なんかむず痒い気持ちだった。

 

赤面していたかもしれない。

 

当時、私が住んでいたのは古いアパートだった。

 

防音設備なんて一切無く、話し声こそ隣の部屋には届かないモノの、テレビの音を大きくすれば、かすかに漏れて聞こえてしまう環境だった。

 

しかし、憧れの鳴き声を奏でるサックスと自宅で一緒に暮らすことになった高揚感に、私は居ても立ってもいられなくなった。

 

ケースからサックスを取り出し、ケータイ片手に組み立て、首からぶら下げて、構える。

 

そして、息を吹く。

 

しかし、音が出ない。

 

やはり音を出すことさえ難しかった。

 

下唇を少し丸め、前のはを軽く乗せ、唇から息が抜けないように息を入れる。

 

店員さんが最後に教えてくれたコツを、ゆっくりと試した。

 

すると、金色の竜は鳴いてくれた。

 

とても大きな音だった。

 

サックス全体がブルンッと震え、体にもその身震いに似た振動が伝わってきた。

 

まるで、生きているようだった。

 

命を抱えている感覚に陥った。

 

サックスから一瞬出た音は、大地を振るわすようでもあった。

 

とても強いつからを持った生き物が手のひらに乗っているようで、少し怖い気持ちにもなった。

 

こんなに恐ろしい竜を、

あんなにも綺麗な鳴き声で歌わせていた奏者は、どれだけ強いんだろう。

どれだけ練習をして、荒ぶる竜を手なづけたのだろう。

どうやって、一緒に歌っていたのだろう。

 

私の頭の中には、サックスと歩むこれからの生活のことでいっぱいになっていた。

 

つづく。

 

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